食品表示検定について調べ始めたきっかけは、とても単純でした。
「実際には、食品表示のミスはどれくらいリコールにつながっているのだろう。」
そう思い、厚生労働省が公開している食品リコールデータを分析したところ、予想とは少し違う結果になりました。
最初は、
「食品表示法違反が多い=食品表示検定の知識が重要」
という結論になると思っていました。
しかし、データを細かく分類していくと、それだけでは説明できない現象が次々と見えてきたのです。
データを分析すると、仮説が変わった
最初の記事では、
食品リコール全体1,091件を分析しました。
そこから分かったのは、
- 食品表示法違反は全体の約半数
- CLASSⅠでは約8割が食品表示法違反
- アレルゲン表示は重大事故につながりやすい
という事実です。
ここまでは、
「表示の知識が重要」
という考え方で説明できます。ところが、原因をさらに掘り下げると違いました。
アレルゲン表示の欠落の多くは、
- ラベルの貼り間違い
- 別商品のラベルを貼った
- 商品とラベルの取り違え
といった現場作業のミスだったのです。
つまり、
表示ルールを知らなかったからではなく、知っていても起こるミスでした。
さらに中食業態だけを見ると…
そこで、弁当・惣菜・寿司・パンなどだけを取り出して分析しました。
すると、
- 約9割がCLASSⅠ
- 約9割が食品表示法違反
- 約7割がアレルゲン表示
という、食品全体とはまったく違う世界が見えてきました。
しかも、複数回リコールを届け出ている企業の多くは、全国展開する大手スーパーやチェーン企業です。
ここで、一つ疑問が生まれました。
本当に「担当者」が悪いのか?
大企業には、
- マニュアル
- 教育
- 品質管理部門
- 食品表示担当
があります。
それでも、同じ種類のリコールが何度も発生しています。
もちろん、人のミスはあります。
しかし、
担当者を交代しても、店舗を変えても、会社が変わっても、似たミスが起きています。
もし原因が「担当者の能力」だけなら、ここまで同じパターンは続かないはずです。
共通しているのは「構造」
中食業態には、
共通する特徴があります。
- 多品目を同時に扱う
- 商品が似ている
- 毎日メニューが変わる
- 手作業でラベルを貼る
- 短時間で出荷される
- パート・アルバイト比率が高い
これらは、
どの企業でもある程度共通しています。
つまり、
人が悪いというより、同じ構造の中で仕事をしているのです。
この構造を、もう少し分解して考えてみます。
多品種・小ロット生産という条件
中食の現場は、いわゆる「多品種少量生産」です。
一つのラインで一種類だけを作り続ける工場とは違い、
同じ時間帯に、似たような商品を、少しずつ、何種類も並行してつくっています。
これは、単純に「商品数が多い」というだけの話ではありません。
商品数が増えると、
覚えるべき組み合わせも増えます。
- どの具材に、どのラベルを貼るか
- どの原材料に、どのアレルゲンが含まれるか
- どの商品に、どの価格・期限を表示するか
商品数が2倍になれば、組み合わせも2倍で済む、という単純な話ではなく、
商品同士が似ているほど、
取り違えの起きる余地も増えていきます。
多品種少量生産は、売り場の魅力を高める一方で、現場が覚え、確認しなければならない情報量を、
静かに増やし続けている生産形態でもあります。
段取り替えが増えると、なぜミスが増えるのか
商品の種類が増えれば、
作業を切り替える回数、いわゆる「段取り替え」も増えます。
段取り替えのたびに、
- 使う原材料が変わる
- パッケージが変わる
- 貼るべきラベルが変わる
- 作業の手順が微妙に変わる
人の作業は、
同じ動作を繰り返すほど精度が上がっていきます。
逆に言えば、
切り替えの瞬間がもっとも精度が落ちやすいタイミングです。
前の商品の資材やラベルが手元に残ったまま、
次の商品の作業に入ってしまえば、
そこで混入や取り違えが起きます。
段取り替えの回数が増えるということは、
こうした「つなぎ目」の数が増えるということでもあります。
一つひとつの切り替えミスの確率が小さくても、
つなぎ目の数が増えれば、
全体としてミスが起きる回数は増えていきます。
段取り替えの多さそのものが、
構造的にミスの発生確率を押し上げている、と言えそうです。
商品ラインナップを増やす判断と、現場のミスは、実はつながっている
商品ラインナップを増やす判断は、
多くの場合、
「売上を伸ばすため」の経営判断です。
季節限定商品、コラボ商品、地域限定商品、
これらは売り場の魅力を高め、
顧客の選択肢を広げるために生まれます。
一方で、
この意思決定の際に、
「現場の作業がどれだけ複雑になるか」まで踏み込んで検討されることは、あまり多くありません。
売上を伸ばす判断と、現場のミスが増える現象は、一見すると、まったく別の出来事に見えます。
しかし実際には、
同じ構造の中でつながっています。
ラインナップを増やす → 多品種少量生産になる → 段取り替えが増える → つなぎ目が増える → ミスの起きる余地が増える。
この一本の線は、
経営会議の議事録には、ほとんど登場しません。
「注意しよう」では終わらない
現場では、
リコールが起きると
- 注意喚起
- 朝礼
- 再教育
- 始末書
などが行われます。
もちろん必要です。
しかし、
数か月後にはまた似たようなリコールが起きます。
これは、現場の人が真面目でないからではありません。
人は誰でも、忙しければ間違えます。
疲れていれば見落とします。
似た商品が並べば取り違えます。
段取り替えの直後は、とくにその確率が上がります。
つまり、
人間の特性を変えることは難しいのです。
だからこそ、
改善すべきなのは人ではなく、仕組み
になります。
データ分析から「システム」を考える
今回の記事を書きながら、
私自身の考え方も変わりました。
最初は
「食品表示検定が重要」
という話を書こうとしていました。
しかし、
データを集め、分類し、比較していくと、
知識不足だけでは説明できないことが多くありました。
むしろ、知識があっても防げないミスが存在する。
そして、その多くは、現場の仕事の進め方や確認方法、
さらには商品ラインナップの決め方といった、
仕組みそのものに原因がありそうだと感じるようになりました。
「誰が悪いか」ではなく「なぜ起きるのか」
品質改善では、
誰がミスをしたかを探すことより、
なぜ、その仕組みでは同じミスが起きるのか
を考える方が重要です。
これは食品工場だけではありません。
製造業でも、物流でも、医療でも、サービス業でも、
同じ考え方が使われています。
そして、この考え方を体系的にまとめたものが
システム思考
です。
次の記事では「システム思考」を紹介します
食品リコールのデータ分析から見えてきたのは、
「注意すれば防げる」という単純な話ではありませんでした。
知識は重要です。
しかし、
知識だけでは防げないミスもあります。
商品ラインナップを増やす判断のような、一見リコールとは無関係に見える意思決定が、現場の複雑さを通じて、静かにミスの起きやすさを押し上げていることもあります。
だからこそ、
「人が悪い」で終わらせるのではなく、人がミスをしても事故につながりにくい仕組みをどう作るか、という視点が必要になります。
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